滅亡 act.3
虚空を掌が彷徨う。
僅かな機械音が意識と無意識の狭間に入り込み、彼は朧気ながらにただ何かを掴もうとしていた。
「ようやくお目覚めかい。」
聞きなれない声が聴こえる。
だが思うように声も出せず、目も開けられずにいた。
「無理をするでないよ。アンタが生き残っただけでもめっけもんなんだからさ。」
隊長とも違う…エリナでもない。
もっと張りの有る、凛とした女性の声がキールに語りかけていた。
「お………は……どぉ…なっ……」
もどかしい。自分の声が自分のモノでない感覚。
体も動かず、ただ右手だけを空しく虚空を撫でるように振る以外できない。
「アンタの言いたいことは良くわかる。」
声は続ける。
「アンタ達は海岸線に到達する直前、坑から重光線級の雨を浴びたのさ。」
鼓動が早まる。
「隊長機はモロに浴びてね…塵一つ残りゃしなかった。あれは自分が何されたかわからないままだっただろうね。」
隊長が……死んだ……?
「アンタと遼機はレーザー照射を浴びたものの軽微な損傷でね。洋上に出られたのはいいが、錐揉みで水面に突っ込んでね。アタシ達が回収できたのはアンタの機体だけだった。」
…エリナ……も……?
「沖で待機していたアタシ達がいなけりゃ全滅だったろうね。」
なんで…なんでエリナを助けてくれなかった!
「機体をバラしてフライトレコーダーを解析したところ、遼機の撃墜は確認してないから…運良きゃ他の船に拾われてると思うよ。」
クソッ…!何で俺だけ生き残った!
絶望…その一言で片付けるには酷な内容が次々と耳に入ってくる。
しかし、自分は何もすることが出来ず、ただベットに横たわることしか出来ない。
「ブラックアウト寸前の網膜にレーザー照射をモロに見ちまったせいで、アンタの視力は一時的に低下している。2,3日もすれば回復するだろうよ。」
声は優しさを含む言い方をしてくれている。
だが、祖国を失い、僚友を失った喪失感がキールを苛む。
「アンタの機体…X-02だっけ?アレと一緒にアンタもアタシのとこへ来な。」
意外な言葉に、彼の思考は一つの帰結を見出しかける。
「復讐の場を与えるんじゃない。アンタの戦場は別にあるはずだからね。その場を与えてやろうってことさ。」
そんなことはどうでもいい。一刻も早く、あの忌々しいBETA共を八つ裂きにしてやりたい。
そして、失った祖国を…かけがえの無いあの日々を取り戻したい!
「アンタはさっきの戦いで一度死んだ。これからは生まれ変わって、明日を切り開く男となるのさ。」
そう…俺はエルジア最後の生き残り。
栄えあるメビウス中隊の一員なのだ。
−今から俺がメビウス1だ−
それは、少年から『男』へと変わる第一歩なのかもしれない。
自覚の有無は、その気概を胸の内に閉まった彼以外には誰も知りえない。
ここに、キール・スターレイは“束縛されない兵士たちの連合軍”の一員となったのである。
この後、ヨーロッパ全土に吹き荒れる戦乱の中に『無限のリボン』を背負った男の戦いが、全人類の存亡を賭けた戦場に伝説として語り継がれるのは、これから3年の時間を要していた…。