傀儡 act.1
『特殊重力研究所より、通信です。』
「特重研から?…こっちは何も用は無いわよ」
呼び出された女性は不機嫌そうな顔をさらに歪める。
『断りますか?』
秘書官の女性は無機質に淡々と彼女に問う。
「いいわ…最近は暇だし。ちょっとからかってあげましょう」
そう言い終わると、彼女は机上の端末を叩き、通信を繋いだ。
『お久しぶりです、博士』
開口一番、端整な顔立ちの男性が声をかける。
「なぁに、改まって…気色悪いわねぇ」
彼女は呆れ顔をしながらそれに応対する。
『こちらの研究の定期報告をさせていただきたく、こうして通信させていただいたのです』
「それならいつものルートを使えばいい話じゃない。何よ、わざわざ」
両手を挙げ、さらにあきれた表情をしてみせる。
だが、モニターの向こう側はそれすらも予期していたように話を続けた。
『実は、そうも言っていられない状況なのです』
「どういうこと?」
『それは、今お送りした資料をご覧になれば一目瞭然かと』
「ちょっと待って」
彼女はモニター脇に備え付けてあるデスクトップを起動させる。
秘匿回線で繋がれたメールボックスに、確かにその情報は送られてきていた。
その内容を目で追う内に、彼女は無意識のうちに眉間に皺を寄せていた。
『お分かりいただけましたでしょうか?事は一刻を争います』
「そのようね…で、私への見返りはあるのかしら?」
悪戯っぽくにやけ、彼女はモニターに映る顔を覗き込む。
『こちらでご用意する情報は全て開示させていただきます。
その上で、必要なものがありましたらば何なりとお申し付けください』
「本当に何でもいいのね?」
『ハイ、何でも仰ってください』
不敵な笑みを浮かべ話すその姿は、何か引き込まれそうな魅力を漂わせる。
それに返すように彼女もまた笑みを返す。
端から見れば、狐の騙し合い…そう映ったかもしれないこのやり取りは、
お互いの妥協点を見出し、あっさりと終了した。
『それでは…近日中にお届けします。くれぐれも…』
「ええ、わかっているわ」
『では、また後日』
そういって通信は途切れた。
「喰えない男ね…アレは…」
彼女はいろいろと腑に落ちない点を反芻しながら、彼女なりの思考を続けた。
-この世は全て計算と理論に満ちている。-
そう考える彼女の思考回路が、リスク回避や益得となる部分を明確に打ち出す。
「ま、案ずるより生むが易しって言う事だしね」
誰に言うでもなく呟き、秘書官を呼び出す。
「帝国軍司令部と技術省を呼び出して頂戴。大至急ね」
いい終わり、何かをふと思い立ち天井を見つめる。
その瞳は天井を捉えておらず、虚空を彷徨っていた。
「アンタなら、この状況をどう思うかしらね…フフッ」
椅子のリクライニングがギシッという音を立てて倒れる。
これから起こりうる出来事を思うと、この瞬間がしばしの安息ではないのか…
そういう感覚…というか予感が彼女にはあった。
「さて…」
そう言うと、彼女は執務室を後にした。
電気の消されたその部屋に、まだ起動状態のデスクトップが煌々と輝いている。
そのディスプレイにはこう記されていた…
『ポイントH21ニテ重力変動ヲ感知ス』
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