滅亡 act.1

 

 

 

CPより展開中の全部隊に通達。我が総司令部は現時刻をもって国土の完全放棄を決定した。』

 

ヘッドセットに一番聞きたくない言葉が一方的に発せられた。

 

『この通信の後、各部隊は独自の判断で脱出せよ…以上だ。我がエルジアに誇りを!』

 

もはや、護るべきものは無くなった。

焦燥感と喪失感が一気に込み上げてくる。

まだ彼は15歳の少年なのだ。いかに一流の衛士訓練課程を卒業しようと、若さゆえの衝動は止められなかった。

 

『メビウス1より各機。状況報告。』

 

上官からのコールに我に返り「メビウス13、異常なし」と告げ、遼機の報告を待つ。

しかし一向に遼機からのコールは鳴らず、ただ時間だけが過ぎる。

 

『メビウス14、異常なし』

 

ようやく聞こえてきたコール…それは同期入隊した少女の声だった。

彼とは2機連携を組んで戦ってきた戦友であり、彼にとっては…

そこまで考えて、彼は思考をやめた。

 

『生き残っているのはヒヨッコ共だけか…これで漸く、お前たちも一人前だな。』

 

隊長の声には激励の色が見えた。

出撃時、コールサイン『メビウス』を預かる猛者たちは中隊規模だった。

だが現状残存しているのはたった3機。この日未明からの大規模侵攻によって、その数は瞬く間に減っていった。

 

『どうしたのよ、キール。いつもながらむっつりしちゃって。』

 

この場に不釣合いな明るい声が彼…キール・スターレイを呼んだ。

 

『なぁにぃ…もう萎えちゃったの?あたしは後二回戦はいけるわよ。』

 

ブイサインをしながら笑う彼女…エリナ・ハーリングが網膜ウィンドいっぱいに映る。

しかし、その表情の裏には明らかに疲労感が漂っていた。

 

「何言っているんだ、馬鹿。今は生き残ることに専念しろよ。」

『な〜に〜よ〜。人がせっかく元気付けてあげようとし〜て〜る〜の〜にぃ〜。』

 

間延びした声とともに膨れっ面がアップで迫る。

 

『あ、それともアレ?一部が元気になっちゃったとか?』

「んなわけないだろ…」

 

戦闘薬が効きすぎているのか、それともアドレナリンの過剰分泌のせいか、やけにエリナはキールに絡んでくる。

一喝を入れようとしたその時、パンパンと乾いた音が鳴り響く。

 

『お前たち、その辺にしておけ。急がないとスクールバスに遅れるぞ。』

 

メビウス1…ミリア隊長の声が二人の会話に割って入る。

その声色は、まるで朝寝坊をしてしまった妹や弟を急かすような物言いだった。

年齢的に若い母か歳の離れた姉のような女性。それがこの猛者たちを統べる長であった。

 

「『−すみません−』」

 

申し訳ない声がユニゾンを奏で、ステレオのように響くと、歳若い隊長は腹を抱えて笑い転げた。

 

『お前たち、ほんとにいいコンビに成長したな。育てた甲斐があったってもんだ。』

 

笑いを堪え、涙目になりながらミリアは続ける。

だがそこに、今までの雰囲気はなりを潜めていた。

 

『さて、余興はここまでだ。これからが本番だから、気を引き締めて行け。』

 

二人の了解の唱和を聞き届け、ミリアは続ける。

 

『ここから一番近い脱出地点までは約20kmある。だが、見ての通りクソ共の間をすり抜けて行かねばならない。』

 

網膜ウィンドに表示される地図。それに脱出ルートを示した赤いラインが引かれる。

しかしその線上には、BETAを示す赤いブリップで埋め尽くされていた。

 

『残念ながら、これを抜けなければ私たちに明日は無い。』

 

ミリアの声が僅かにくぐもる。

 

『私はお前たちに死ねとは言わない。必ず脱出し、明日を掴み取れ!』

「『−了解!!』」

 

自分は絶対に死なない。

必ずや突破し、エルジアを取り戻すんだ。そして…

 

若い衛士は誓いを立て、愛機…X-02に鞭を入れる。

だがその行く手は、要塞級46、要撃級89、突撃級94からなる異星起源種の壁を突破しなければならなかった。

 

X-02の跳躍ユニットが咆哮を上げ、波打つ異形の壁へ躍り込んだ。

 

 

PREV

NEXT

RETURN TO LIBRARY