序
「ごめんなさい…。ここに来るまで時間かかっちゃって。怒ってる…よね」
女は誰かに話しかけるように呟いた
だがそこには彼女しかおらず、その声は誰に聞かれることも無く風の中に消えた
ここはかつて『華の都』と呼ばれた地であったが、今ではその見る影もなく
巨人たちの骸が折り重なるように横たわるだけであった
「私…今まで何も思い出せなかったの。こんな私を貴方は責める?……」
彼女はまた誰かに話しかけるように問いかけたが、その言葉をさえぎるかのごとく
突如として轟音が彼女の頭上を通り過ぎた
「あれは…戦術…機?」
雷のごとき轟音を従えた鋼鉄の巨人は、はるか彼方の地平線へと消えてゆく
まるでその姿は、悪魔とも天使とも取れるように彼女の残された左目に映った
かつて彼女はそれに乗り込み、人類の最前線で戦い、多くの同胞とともに戦い抜いたのだった
(私の右目には、今でも貴方たちの姿が見える。そして、心の中では今でもあの時を生きているわ。)
風がいたずらに年齢からは不釣合いな白髪を撫で、吹き抜けてゆく
そこから覗く彼女の顔には大きな傷が残り、額から頬にかけ、無残にも端整な顔立ちを抉ってしまっていた
『お嬢様、そろそろ…』
コートの内ポケットにしまった通信機より発する帰りを促す侍従の声で彼女は一気に現実へと引き戻された
気づけば、辺りは粉雪が舞い始めていた
激戦の代償ともいうべきか、雨や雪の中には致死量には至らないものの、放射性物質が含まれているため
降雨・降雪時に長時間さらされるのは危険である。
「ええ、わかりました」と簡潔に答え、彼女は歩き出した
それは現実へ戻るための一歩なのではないか?そう思いながらも、彼女の意識は過去へと向かう
(この雪は、貴方たちのような人に送る手向けかもしれない…確か東洋では『雪月花』というらしいわ)
そして彼女は心の中で「また来るね」と付け加え、白く化粧をした大地を踏みしめて行った
この年…西暦2010年
人類は未だ異星起源種との戦いの真っ只中にあり、その勝敗はまだ誰も予想することが出来ずにいた